2006年10月17日
call me tonight
そのひとから電話がかかっていると、
私は彼に何かあったんじゃないかという気がして
ものすごく慌てて掛けなおす。
実際は「何か」あったことなんてなくて、
極めてどうでもいいことばかりなのだけど
何故か私は、もしも彼がそのとき私を必要としていたら
すぐにでも飛んでいくようなつもりでダイアルをし、
それでいて何でもないような口調、どころか
少しだるそうに「なにー?」と聞く。
どうでもいい内容でも、
誰か話し相手が欲しいのならかけてくれていいし、
些細なことでも他の人には言いにくいようなストレスを
私が聞くことで少し良くなるならぶつけてくれていい。
私は彼に何かあったんじゃないかという気がして
ものすごく慌てて掛けなおす。
実際は「何か」あったことなんてなくて、
極めてどうでもいいことばかりなのだけど
何故か私は、もしも彼がそのとき私を必要としていたら
すぐにでも飛んでいくようなつもりでダイアルをし、
それでいて何でもないような口調、どころか
少しだるそうに「なにー?」と聞く。
どうでもいい内容でも、
誰か話し相手が欲しいのならかけてくれていいし、
些細なことでも他の人には言いにくいようなストレスを
私が聞くことで少し良くなるならぶつけてくれていい。
2006年07月08日
オサラバ、片思い
私は君が思うほどの倫理観すらなくて
魅力ポイントはなく、むしろ軽蔑されるような人間である
ということが分かったからちょっと吹っ切れたよ。
あの頃にいろんな色恋模様が錯綜していて
君は私が君をずっと想っていたように
私が嫉妬していたあの子のことが好きで
たまたま私が惚れた彼とあの子が別れるんじゃないかと
私を応援してくれていたのはもしかしたら自分のためで
なのにまさにそのときが唯一私が君の目に映っていた時期で
にも関わらず私のことを好きだった誰かのフォローにまわり
私はまた他の誰かと付き合いだすなんて
もうなんかそのときに決定的にいろんなものは
過ぎてってしまってたのだなと。
仲悪くなってくれよ。なんてあの子に言われながら
どーして今まで仲良くしてきてくれたのかなんて
そんな質問は馬鹿みたいだからしないし
今となってはすべてがどうでもよくて
どっちにしろ私は今、何があっても
目の前にいる一番大事な人から離れる気はさらさらなくて
それを堂々と君にいえるようになって良かったと。
そうなってしまっては
私は1年のときからずっと君が好きだった
なんてこともきっと案外軽々と言えてしまって
それゆえにわざわざ言う必要もなくなって
仲良くしてきた割にはどこかでお互い軽蔑しあってきたんだろうという
薄々と感じてきたことにも目を覚まして
嫌われたくなかったいつでも駆けつけた自分には
もうオサラバしようと。
帰り道にあの人に会って
私はもう一度会いに行こうかと
燃える恋の名残をいろいろな所で薫って
ストイックで純粋な想いなんてものも
ただのストーリーでしかなかったと。
愛され、その愛の一部を受け取ることはそんなに悪いことですか。
誘導したかもしれない。忠告もしたという言い訳の準備すらして
後ろめたさと自分への蔑みと相手の想いという重みの代わりに
少し彼の満足に貢献したことはそんなに悪いことですか。
片思いは一番幸せで
相手のためなら何でもしてしまう自分だったからこそ
それを利用するなんてあるまじき行為かもしれないが
逆に愛をつき返すなんてことはしたくなく
本人にとってはそれもちょっとした幸福だと
私には思えてならないのだけど
人から見ると倫理的問題になるというのが
私はやはりどこかで納得がいかない。
魅力ポイントはなく、むしろ軽蔑されるような人間である
ということが分かったからちょっと吹っ切れたよ。
あの頃にいろんな色恋模様が錯綜していて
君は私が君をずっと想っていたように
私が嫉妬していたあの子のことが好きで
たまたま私が惚れた彼とあの子が別れるんじゃないかと
私を応援してくれていたのはもしかしたら自分のためで
なのにまさにそのときが唯一私が君の目に映っていた時期で
にも関わらず私のことを好きだった誰かのフォローにまわり
私はまた他の誰かと付き合いだすなんて
もうなんかそのときに決定的にいろんなものは
過ぎてってしまってたのだなと。
仲悪くなってくれよ。なんてあの子に言われながら
どーして今まで仲良くしてきてくれたのかなんて
そんな質問は馬鹿みたいだからしないし
今となってはすべてがどうでもよくて
どっちにしろ私は今、何があっても
目の前にいる一番大事な人から離れる気はさらさらなくて
それを堂々と君にいえるようになって良かったと。
そうなってしまっては
私は1年のときからずっと君が好きだった
なんてこともきっと案外軽々と言えてしまって
それゆえにわざわざ言う必要もなくなって
仲良くしてきた割にはどこかでお互い軽蔑しあってきたんだろうという
薄々と感じてきたことにも目を覚まして
嫌われたくなかったいつでも駆けつけた自分には
もうオサラバしようと。
帰り道にあの人に会って
私はもう一度会いに行こうかと
燃える恋の名残をいろいろな所で薫って
ストイックで純粋な想いなんてものも
ただのストーリーでしかなかったと。
愛され、その愛の一部を受け取ることはそんなに悪いことですか。
誘導したかもしれない。忠告もしたという言い訳の準備すらして
後ろめたさと自分への蔑みと相手の想いという重みの代わりに
少し彼の満足に貢献したことはそんなに悪いことですか。
片思いは一番幸せで
相手のためなら何でもしてしまう自分だったからこそ
それを利用するなんてあるまじき行為かもしれないが
逆に愛をつき返すなんてことはしたくなく
本人にとってはそれもちょっとした幸福だと
私には思えてならないのだけど
人から見ると倫理的問題になるというのが
私はやはりどこかで納得がいかない。
2006年06月27日
sonokokoro
再会以来
会社帰りの
どうでもいいメール
その心は。
コンサルの卵
週末ごとに
予定を聞いてくる
その心は。
守ってあげる
頼んでないのに
申し出る
その心は。
2年ぶりの連絡
わざわざ元カノに
失恋報告の電話
その心は。
皆、さみしいんだ。
「オレは、受け皿だよ?」
そう言ってた人を思い出す。
そんなセリフ、ずるすぎる。
でも、私だってさみしい。
だから、一時的な受け皿になら、なる。
受け皿はいろんな人のさみしさで
自分のさみしさを埋める。
今日もどこかで
受け皿を必要としているひとがいるなら
きっと彼らは私という人間を必要としているわけではないのだけれど
それが分かっているからこそ
気まぐれで勝手な男たちに腹を立てるのは止めて
ちょっとだけつきあう。
こちらから何かを求めはしない。
甘やかしもしない。
自分が好きな人と、
自分を好きな人は、
私がいないとやっていけない
という風にはしちゃいけない。
でも必要なときには側にいてもいい。
ほんとうに、たまにだったら。
それであなたの疲れが少し癒えるのなら、
何でもないメールを返し、
次の次の週末には時間を作ろう。
それであなたの幸せが少し増えるのなら、
ここから、文学部のアーケドのとこまで、
一緒に歩こう。
それはきっと私の甘えだと思う。
生かすつもりが、生かされている。
会社帰りの
どうでもいいメール
その心は。
コンサルの卵
週末ごとに
予定を聞いてくる
その心は。
守ってあげる
頼んでないのに
申し出る
その心は。
2年ぶりの連絡
わざわざ元カノに
失恋報告の電話
その心は。
皆、さみしいんだ。
「オレは、受け皿だよ?」
そう言ってた人を思い出す。
そんなセリフ、ずるすぎる。
でも、私だってさみしい。
だから、一時的な受け皿になら、なる。
受け皿はいろんな人のさみしさで
自分のさみしさを埋める。
今日もどこかで
受け皿を必要としているひとがいるなら
きっと彼らは私という人間を必要としているわけではないのだけれど
それが分かっているからこそ
気まぐれで勝手な男たちに腹を立てるのは止めて
ちょっとだけつきあう。
こちらから何かを求めはしない。
甘やかしもしない。
自分が好きな人と、
自分を好きな人は、
私がいないとやっていけない
という風にはしちゃいけない。
でも必要なときには側にいてもいい。
ほんとうに、たまにだったら。
それであなたの疲れが少し癒えるのなら、
何でもないメールを返し、
次の次の週末には時間を作ろう。
それであなたの幸せが少し増えるのなら、
ここから、文学部のアーケドのとこまで、
一緒に歩こう。
それはきっと私の甘えだと思う。
生かすつもりが、生かされている。
2006年06月27日
夢、彼、死
こわい夢をみた。
夢じゃない、
夢と現実が織り交ざったからこわかった。
ふ、と目を開くと
彼が出かける準備をしていた
それだけ。
本当に目を開くと
つい今まで
そこにいた彼がいなくて
なんかふと、彼が手を振って
消えていったような映像が頭を過ぎって
私は半分寝ている身体をこじあけて
慌てて起き上がって
洗面所のあたりまで彼がいないか探しに行った。
ついさっきまでいたような気配を感じたのに、
机の上に置かれた鍵を見て
時計をみて
もう二時間も前に彼は出て行ったことをやっと思い出した。
すごく、いやな感じ。
その、さっきまで感じていた温もりが
急に触れられないものになってしまうというのは
衝撃的に、恐ろしい空白だ。
長らく、そんな感情を抱くことがなかった。
昔はよく死について考えた。
特に家族について考えるとき、
こういう衝撃的なショックの感情が呼び起こされそうになった。
いずれにしても私は本当に近しいひとを亡くしたことはないから
想像でありフェイクの感情ではあるかもしれないけれど
根本的に誰かに常に頼っていたい私は
そのとき好きな人に寄りかかっては
その存在がずっといてくれるかどうかに不安を感じていたりして
でも最近の絶対的安定感の中で
彼の存在を疑うなんてことはなく
今日の夢は
自分にとって
彼がもう絶対に失えない本当に大事な存在なのだと
気づかせるようなもので
今日の夕方彼に会えるまでの数時間
私はどう過ごしていいのか分からない
彼には
遠く離れてしまっても
私を嫌いになってもしまっても
絶対に生きていてほしいと、思った。
「僕より先に死ぬなよ」
誰かがくれた言葉が、脳裏に蘇る。
彼は代替不可能で、
私との関係も唯一無二で
彼がいなくなってしまったら
私はきっとその苦しみを誰とも共有できない
そこまで考えて
大事なひとを亡くした
私の大事な友人の
苦しみを悲しみを私が共有もできなければ
支えることすらできなかったことを
仕方ないのかもしれないと思いながら
一体あの人はどうやって1人で乗り越えてしまったんだろうと
あるいは一生乗り越えることなんかないのだろうと
今度は
たびたび父親の死のことを語る
別の友人のことをすこし想って
いい加減、今日という日のスタートをきる。
夢じゃない、
夢と現実が織り交ざったからこわかった。
ふ、と目を開くと
彼が出かける準備をしていた
それだけ。
本当に目を開くと
つい今まで
そこにいた彼がいなくて
なんかふと、彼が手を振って
消えていったような映像が頭を過ぎって
私は半分寝ている身体をこじあけて
慌てて起き上がって
洗面所のあたりまで彼がいないか探しに行った。
ついさっきまでいたような気配を感じたのに、
机の上に置かれた鍵を見て
時計をみて
もう二時間も前に彼は出て行ったことをやっと思い出した。
すごく、いやな感じ。
その、さっきまで感じていた温もりが
急に触れられないものになってしまうというのは
衝撃的に、恐ろしい空白だ。
長らく、そんな感情を抱くことがなかった。
昔はよく死について考えた。
特に家族について考えるとき、
こういう衝撃的なショックの感情が呼び起こされそうになった。
いずれにしても私は本当に近しいひとを亡くしたことはないから
想像でありフェイクの感情ではあるかもしれないけれど
根本的に誰かに常に頼っていたい私は
そのとき好きな人に寄りかかっては
その存在がずっといてくれるかどうかに不安を感じていたりして
でも最近の絶対的安定感の中で
彼の存在を疑うなんてことはなく
今日の夢は
自分にとって
彼がもう絶対に失えない本当に大事な存在なのだと
気づかせるようなもので
今日の夕方彼に会えるまでの数時間
私はどう過ごしていいのか分からない
彼には
遠く離れてしまっても
私を嫌いになってもしまっても
絶対に生きていてほしいと、思った。
「僕より先に死ぬなよ」
誰かがくれた言葉が、脳裏に蘇る。
彼は代替不可能で、
私との関係も唯一無二で
彼がいなくなってしまったら
私はきっとその苦しみを誰とも共有できない
そこまで考えて
大事なひとを亡くした
私の大事な友人の
苦しみを悲しみを私が共有もできなければ
支えることすらできなかったことを
仕方ないのかもしれないと思いながら
一体あの人はどうやって1人で乗り越えてしまったんだろうと
あるいは一生乗り越えることなんかないのだろうと
今度は
たびたび父親の死のことを語る
別の友人のことをすこし想って
いい加減、今日という日のスタートをきる。
2006年06月24日
自転車の。彼。
不思議な
夜だった。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
規則的な息遣いは、
耳元で言われているように
近くに感じ
私はそっと息を殺しながら
彼のその息遣いに合わせて呼吸をした。
我が家は、坂を一気にかけあがった
その丘の上にある。
一番下から自転車であがってくると息があがり、
最後のスパートはかなりきつくなる。
町が寝静まった深夜、
窓を開けたまま風呂に入ることがある。
立ち上がって窓を閉める方が
外から裸体が見えてしまいそうで気が引ける。
あまり長湯するつもりはなかった。
どうせ向かいの家の二階には人影がないし、
しゃがんでいれば誰からも見えない。
浴槽の中で足を伸ばした。
そのとき。
ガシャ、ガシャ、ガシャン。
窓の外で物音がした。
すぐ下だ。
うちの車庫にある何かが落下したのだろうか。
それとも、兄が帰ってきたのか。
それにしては変な方向から聞こえた。
様子を見ようとそっと立ち上がると、
身体から水がしたたりおち、
ポチャリ、と音を立てた。
そのとき、あの息遣いがはじまった。
はぁっ、はぁっ・・・
誰かいる・・・!
私は一瞬警戒したが、兄かもしれない。
こちらは二階なので、
上から見る分には気づかれないだろう。
窓からそっと顔だけ出す。
思いがけず、
目が合った
目が合ったかどうか分からない。
私はコンタクトを外していたから、
「彼」の顔は見えなかった。
たぶん、合わなかったのだろう。
私は慌てて隠れたが、彼は動いた様子がなかった。
「彼」は、
坂を上りきった道のどまんなかで、
自転車ごと大の字にひっくり返り、
空を仰いだまま大きな息をついていた。
その白いシャツが、街灯で浮かび上がり
一枚の絵のようだった。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
彼は大きく息を何度も何度も吐き出した。
私は音を立てないよう浴槽に身体を戻し、
気配を殺して彼の息遣いを聞いていた。
もしもっと息が荒くなったり、
全く物音がしなくなったら
すぐに飛び出して行こう、と思った。
しかし、それは規則的に耳に届いてきた。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
少しも落ち着く気配がないその呼吸は
息を殺している私の呼吸に重なり
私達は二人で息をしはじめた。
遠くで、救急車の音がした。
首都高の車の音もかすかに聞こえる。
この音を、彼も聞いている。
彼は何を考えているのだろう。
私は浴槽の中の、自分の足が映る水面をみつめながら
永遠のように思えるその時間を
彼の息遣いだけに耳を傾けて過ごした。
随分時間が経ったように感じた。
彼が一度長く息を吐き出すのが分かった。
軽い呻き声が聞こえ、彼は立ちあがったようだった。
ガチャ・・・
その瞬間
シャ、
と車輪の廻る音がして、
私が再び立ち上がり窓から顔を出したときには
その音ははるか遠くに過ぎていった。
夜だった。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
規則的な息遣いは、
耳元で言われているように
近くに感じ
私はそっと息を殺しながら
彼のその息遣いに合わせて呼吸をした。
我が家は、坂を一気にかけあがった
その丘の上にある。
一番下から自転車であがってくると息があがり、
最後のスパートはかなりきつくなる。
町が寝静まった深夜、
窓を開けたまま風呂に入ることがある。
立ち上がって窓を閉める方が
外から裸体が見えてしまいそうで気が引ける。
あまり長湯するつもりはなかった。
どうせ向かいの家の二階には人影がないし、
しゃがんでいれば誰からも見えない。
浴槽の中で足を伸ばした。
そのとき。
ガシャ、ガシャ、ガシャン。
窓の外で物音がした。
すぐ下だ。
うちの車庫にある何かが落下したのだろうか。
それとも、兄が帰ってきたのか。
それにしては変な方向から聞こえた。
様子を見ようとそっと立ち上がると、
身体から水がしたたりおち、
ポチャリ、と音を立てた。
そのとき、あの息遣いがはじまった。
はぁっ、はぁっ・・・
誰かいる・・・!
私は一瞬警戒したが、兄かもしれない。
こちらは二階なので、
上から見る分には気づかれないだろう。
窓からそっと顔だけ出す。
思いがけず、
目が合った
目が合ったかどうか分からない。
私はコンタクトを外していたから、
「彼」の顔は見えなかった。
たぶん、合わなかったのだろう。
私は慌てて隠れたが、彼は動いた様子がなかった。
「彼」は、
坂を上りきった道のどまんなかで、
自転車ごと大の字にひっくり返り、
空を仰いだまま大きな息をついていた。
その白いシャツが、街灯で浮かび上がり
一枚の絵のようだった。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
彼は大きく息を何度も何度も吐き出した。
私は音を立てないよう浴槽に身体を戻し、
気配を殺して彼の息遣いを聞いていた。
もしもっと息が荒くなったり、
全く物音がしなくなったら
すぐに飛び出して行こう、と思った。
しかし、それは規則的に耳に届いてきた。
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・
少しも落ち着く気配がないその呼吸は
息を殺している私の呼吸に重なり
私達は二人で息をしはじめた。
遠くで、救急車の音がした。
首都高の車の音もかすかに聞こえる。
この音を、彼も聞いている。
彼は何を考えているのだろう。
私は浴槽の中の、自分の足が映る水面をみつめながら
永遠のように思えるその時間を
彼の息遣いだけに耳を傾けて過ごした。
随分時間が経ったように感じた。
彼が一度長く息を吐き出すのが分かった。
軽い呻き声が聞こえ、彼は立ちあがったようだった。
ガチャ・・・
その瞬間
シャ、
と車輪の廻る音がして、
私が再び立ち上がり窓から顔を出したときには
その音ははるか遠くに過ぎていった。
2006年06月14日
2006年06月14日
過去からの電話
振られるのって辛いんだね
わかったんだ
俺、ひどい男だったなぁって
それで謝りたくて。
伝えていなかったアドレスへの
1年半ぶりの向こうからの連絡は
私に形にならない何かを期待させ
ぶっきらぼうを装うメールの中に
自分の電話番号を伝えさせた。
今更、な台詞に
私は笑ってしまって
自分の罪滅ぼししたいだけじゃない、とか
振られて寂しくて誰かに話聞いてほしかっただけでしょ、とか
ほんとうに私は辛かったんだから、とか
今でも許す気はないの、とか
振られちゃって可哀想に、とか
そういういろんなコメントは出てくることなく
「ふふ、そっか」と笑って
なんだか今日振られたと言っている彼に対して
「よかったね」といやみではなく
一つ何かが分かってよかったね、と思う感情だけ
頭にぽつんと浮かべて彼の話を聞いていた。
正直彼を振った女の子がどんな子かとか
彼がこの1年半どんな生活をしてきたのかとか
あまり興味はなくて
なのに妙に彼との会話が終わってしまうことが嫌で
話を引き伸ばしていた。
彼は私にいくつか質問をして
その答えに極めて真面目に納得感をもって聞いてくれ
意外と会話が成り立つことに嬉しさを感じつつも
どうでもいい会話に飽き始めてもいた。
今考えたら私はもっと昔の話をしたかったのかもしれないけど
私達はお互いの進路の話なんかをして
話が一区切りしてはふと訪れる沈黙に耐えかねて
最後に、また皆で飲もうか、なんてことを社交辞令的に言った。
社交辞令に終わらせないために、
私は「今度Nたちとサッカー観ようって言っててさ」と言ったけど、
「俺は、研究室の人たちと観るんだ」という返事を聞いて、
さっきの話はやっぱり社交辞令になって
私達は電話を切った。
電話を切ると
さっきの電話の前に話し中だったNからの
履歴が残っていたのでかけなおした。
「はじめ誰からか分からなくてさ、登録してなかったから」
彼からの電話の話をすると
こちらは昔話になった。
「てか俺が消させたな、そういえば。懐かしいな」
そうそう、私があまりにも引きずっているので、
Nが、強引に、彼の連絡先を消すように命じた。
「今、ここで消せ」
「・・・」
「はやく」
「・・消したよ」
「よし」
そうそう。
それで。
「いや、確かにひどい振られ方したよ」
「うん、まぁひどかったか知らないけど
振られてお前が大変なことになってたのは知ってる」
ふふ。
そういう、昔話をするのは楽しい。
Nが、ずっとそばにいてくれたことが分かる。
「あいつ、なんで電話してきたんだろうな」
私とNは、それぞれ電話越しに
昔に思いを巡らせて何かを考えてみたりした。
この沈黙は、まったく苦にならないことを発見しながら、
来週のサッカーの話に移行した。
電話で楽しく話せるような仲に戻ったんなら、あいつも誘おうか
そんな台詞がNの口から出てこないかと思ったけれど、
それは発想自体ないようだった。
私と彼が別れるまでは、一緒につるんでた仲間。
2年前のあれ以来、Nたちと彼の交流も途絶えた。
Nは私の側に立って彼を責め立てることもしなくて、
そのことに私はちょっとした不満を持っていたけど
今考えればNは彼ではなく私の近くを歩いてきてくれた。
あいつも誘おうか、久しぶりに皆で飲もうか、
そういう発想がNの中にないのをみとめて、
私はもう彼との接点が
進路にも仲間にもどこにもなく
あの一本の電話が今後も何にもつながりえないことを知った。
その後、かかってきた今一番身近な人からの電話でも、
私は短く彼の電話の報告をしたけど
反応は「そうなんだ」以上の何でもなく
「それよりさ、」という次の話題に移っていった。
「俺明日3時以降暇だから」
別に意味も無く伝えられたNの予定に、
忙しい私は自分の予定を合わせて
また時間を作ってしまいそうだ、と思いながら
3本目の電話は早々に切った。
わかったんだ
俺、ひどい男だったなぁって
それで謝りたくて。
伝えていなかったアドレスへの
1年半ぶりの向こうからの連絡は
私に形にならない何かを期待させ
ぶっきらぼうを装うメールの中に
自分の電話番号を伝えさせた。
今更、な台詞に
私は笑ってしまって
自分の罪滅ぼししたいだけじゃない、とか
振られて寂しくて誰かに話聞いてほしかっただけでしょ、とか
ほんとうに私は辛かったんだから、とか
今でも許す気はないの、とか
振られちゃって可哀想に、とか
そういういろんなコメントは出てくることなく
「ふふ、そっか」と笑って
なんだか今日振られたと言っている彼に対して
「よかったね」といやみではなく
一つ何かが分かってよかったね、と思う感情だけ
頭にぽつんと浮かべて彼の話を聞いていた。
正直彼を振った女の子がどんな子かとか
彼がこの1年半どんな生活をしてきたのかとか
あまり興味はなくて
なのに妙に彼との会話が終わってしまうことが嫌で
話を引き伸ばしていた。
彼は私にいくつか質問をして
その答えに極めて真面目に納得感をもって聞いてくれ
意外と会話が成り立つことに嬉しさを感じつつも
どうでもいい会話に飽き始めてもいた。
今考えたら私はもっと昔の話をしたかったのかもしれないけど
私達はお互いの進路の話なんかをして
話が一区切りしてはふと訪れる沈黙に耐えかねて
最後に、また皆で飲もうか、なんてことを社交辞令的に言った。
社交辞令に終わらせないために、
私は「今度Nたちとサッカー観ようって言っててさ」と言ったけど、
「俺は、研究室の人たちと観るんだ」という返事を聞いて、
さっきの話はやっぱり社交辞令になって
私達は電話を切った。
電話を切ると
さっきの電話の前に話し中だったNからの
履歴が残っていたのでかけなおした。
「はじめ誰からか分からなくてさ、登録してなかったから」
彼からの電話の話をすると
こちらは昔話になった。
「てか俺が消させたな、そういえば。懐かしいな」
そうそう、私があまりにも引きずっているので、
Nが、強引に、彼の連絡先を消すように命じた。
「今、ここで消せ」
「・・・」
「はやく」
「・・消したよ」
「よし」
そうそう。
それで。
「いや、確かにひどい振られ方したよ」
「うん、まぁひどかったか知らないけど
振られてお前が大変なことになってたのは知ってる」
ふふ。
そういう、昔話をするのは楽しい。
Nが、ずっとそばにいてくれたことが分かる。
「あいつ、なんで電話してきたんだろうな」
私とNは、それぞれ電話越しに
昔に思いを巡らせて何かを考えてみたりした。
この沈黙は、まったく苦にならないことを発見しながら、
来週のサッカーの話に移行した。
電話で楽しく話せるような仲に戻ったんなら、あいつも誘おうか
そんな台詞がNの口から出てこないかと思ったけれど、
それは発想自体ないようだった。
私と彼が別れるまでは、一緒につるんでた仲間。
2年前のあれ以来、Nたちと彼の交流も途絶えた。
Nは私の側に立って彼を責め立てることもしなくて、
そのことに私はちょっとした不満を持っていたけど
今考えればNは彼ではなく私の近くを歩いてきてくれた。
あいつも誘おうか、久しぶりに皆で飲もうか、
そういう発想がNの中にないのをみとめて、
私はもう彼との接点が
進路にも仲間にもどこにもなく
あの一本の電話が今後も何にもつながりえないことを知った。
その後、かかってきた今一番身近な人からの電話でも、
私は短く彼の電話の報告をしたけど
反応は「そうなんだ」以上の何でもなく
「それよりさ、」という次の話題に移っていった。
「俺明日3時以降暇だから」
別に意味も無く伝えられたNの予定に、
忙しい私は自分の予定を合わせて
また時間を作ってしまいそうだ、と思いながら
3本目の電話は早々に切った。
2006年06月10日
萎え要素
偉そうでプライド高くて気まぐれでワガママな男は
結構好きではあるんだけどさ
・・・なんか違うんだよね。
やっぱ巧妙さが必要なのかな。
そうあからさまに自己愛見せ付けたりとかさ
そっちから会いたいって言ってるくせに
会ってやるみたいな態度をするよーな
萎え要素をわざわざ盛り込まないでほしいんですよね。
・・・と言いたいようなひとが3人くらいいるんですけど!
自覚のある人はまだ救いがあるのでしょうが。
別に私の方は君に会わなくてもいーんですけど。
モチベーションエンジニアリングしてよ!!!!
そういうときの最近の口癖。
ええ、私は偉そうでプライド高くて気まぐれでワガママな女ですとも。
そんなとこで類は友を呼んでも何もならないと思うんだけどね。
なんでここで表明するかって?
ひとつはそういう女ぶりたいから。
もうひとつはほんとに結構苛立ってて直接伝えるのも面倒だから。
でもこのブログに返事をもらうのも面倒。
そっと理解してさりげなく改善されるのがベスト。
結構好きではあるんだけどさ
・・・なんか違うんだよね。
やっぱ巧妙さが必要なのかな。
そうあからさまに自己愛見せ付けたりとかさ
そっちから会いたいって言ってるくせに
会ってやるみたいな態度をするよーな
萎え要素をわざわざ盛り込まないでほしいんですよね。
・・・と言いたいようなひとが3人くらいいるんですけど!
自覚のある人はまだ救いがあるのでしょうが。
別に私の方は君に会わなくてもいーんですけど。
モチベーションエンジニアリングしてよ!!!!
そういうときの最近の口癖。
ええ、私は偉そうでプライド高くて気まぐれでワガママな女ですとも。
そんなとこで類は友を呼んでも何もならないと思うんだけどね。
なんでここで表明するかって?
ひとつはそういう女ぶりたいから。
もうひとつはほんとに結構苛立ってて直接伝えるのも面倒だから。
でもこのブログに返事をもらうのも面倒。
そっと理解してさりげなく改善されるのがベスト。
2006年06月07日
トーキョーに、ひとり
トーキョーのひとはツメタイ、といわれる。
そんなことない、と私はおもう。
すくなくとも、そう感じるのはヒトのせいじゃない、マチのせいだ。
じゃあトーキョーというマチはツメタイんだろうか。
最近、おおこのひとは!と思えるような
面白いヒト、すごいヒトに出会うことがめっきり減った。
最近、周りのイギリス人が日本人の悪口を言うようになったと思ったのは、
実は自分の英語が上達しただけだという話と同じだろうか。
私の方の視点が変わったのかもしれない。
デカイこと、アツイことを言うヒトよりも、
地に足が着いた議論がきちんとできるヒトを おお、とおもう。
ついに私も、オトナになっちゃったのかもしれない。
唯一の救いは、コドモじみたオトナを見ていて
コドモに戻りたいとは思わないってことだ。
そうそれで。
でも、ダイチが誉めてくれた。
私のヒトとの接し方は、勉強になりましたって。
すごい嬉しかった。
ダイチがそういう私自身すら無意識だった
細かいところに気づいていたのが嬉しかった。
私はヒトが好きなのか嫌いなのか、
よく分からない節がある。
ヒトと新しく会っていくのは楽しい。
もしかしたら、誰にも届かない寂しがりやなだけかもしれない。
そんなことない、と私はおもう。
すくなくとも、そう感じるのはヒトのせいじゃない、マチのせいだ。
じゃあトーキョーというマチはツメタイんだろうか。
最近、おおこのひとは!と思えるような
面白いヒト、すごいヒトに出会うことがめっきり減った。
最近、周りのイギリス人が日本人の悪口を言うようになったと思ったのは、
実は自分の英語が上達しただけだという話と同じだろうか。
私の方の視点が変わったのかもしれない。
デカイこと、アツイことを言うヒトよりも、
地に足が着いた議論がきちんとできるヒトを おお、とおもう。
ついに私も、オトナになっちゃったのかもしれない。
唯一の救いは、コドモじみたオトナを見ていて
コドモに戻りたいとは思わないってことだ。
そうそれで。
でも、ダイチが誉めてくれた。
私のヒトとの接し方は、勉強になりましたって。
すごい嬉しかった。
ダイチがそういう私自身すら無意識だった
細かいところに気づいていたのが嬉しかった。
私はヒトが好きなのか嫌いなのか、
よく分からない節がある。
ヒトと新しく会っていくのは楽しい。
もしかしたら、誰にも届かない寂しがりやなだけかもしれない。
2006年05月29日
ふたり
あの日に、
部屋を抜け出して
雨の中走ってった
ふたりは、
お互いの幸せを、成功を
願えないということ
その、共感の中に
堕ちて行くことはできるんだろうか
もっと酔ってしまえれば良かった
もう少し距離を縮められるくらい
でもそういうことができないのを
お互い知ってる
広い東京の中で、
私たちふたりだけみたいな、
共犯の感覚
そこに救いはない
部屋を抜け出して
雨の中走ってった
ふたりは、
お互いの幸せを、成功を
願えないということ
その、共感の中に
堕ちて行くことはできるんだろうか
もっと酔ってしまえれば良かった
もう少し距離を縮められるくらい
でもそういうことができないのを
お互い知ってる
広い東京の中で、
私たちふたりだけみたいな、
共犯の感覚
そこに救いはない
2006年05月13日
一緒に帰る、東京の道
今日の東京は、雨。

バイト先は、自転車で3分。
今日は仕方なく10分強かけて歩いた。
バイト先に、新入りっぽい女の子がいた。
ものすごい人数が働いているから、誰が新入りなんだか分かりゃしない。
それゆえに、私もはじめ入った頃誰に話しかけていいのか分からず
寂しかったし、何より休憩時間の食堂が結構つらかった。
仕事がキツイのもあり、はじめの3ヶ月くらいは
バイトに行きたくなくて仕方なかった。
今はだいぶ友達もでき、勝手も分かるようになってきた。
その女の子が、誰とも話さず黙々とやっているのを、
ただ人と話すのが好きじゃないからなのか
新入りで寂しい想いをしているのか分からず、
しばらく私は様子を伺っていた。
「これで、いいんですか」と人に聞いているのを見て、
私は新入りっぽいなぁ、と思い話しかけてみた。
どうも、自分が前に置かれていた状況にいる子を見ると、
助けたくなってしまうらしい。
今までにも新入りの子を見つけては話しかけ、
安心させ、いろいろ教えて、仲良くなろうと努めてきた。
一緒に上がって着替えていると、
その子がすごく近くに住んでいることが分かった。
帰り道もほぼ同じだ。
彼女は、熊本出身。お兄さんと一緒に住んでいるらしい。
大学は、私が中学まで附属校に通っていたところで、
お兄さんは私と同じ大学だった。
不思議な縁で、
今まで誰とも歩いたことのないくらい家の近くの地元を、
はじめて会ったその子と一緒に歩いた。
私はいつもバイトが終わると
どうせ自転車なので一緒に帰る人がいないと思い一目散に帰っていた。
今日の雨は、彼女との会話のためにあったのかな、とおもう。

バイト先は、自転車で3分。
今日は仕方なく10分強かけて歩いた。
バイト先に、新入りっぽい女の子がいた。
ものすごい人数が働いているから、誰が新入りなんだか分かりゃしない。
それゆえに、私もはじめ入った頃誰に話しかけていいのか分からず
寂しかったし、何より休憩時間の食堂が結構つらかった。
仕事がキツイのもあり、はじめの3ヶ月くらいは
バイトに行きたくなくて仕方なかった。
今はだいぶ友達もでき、勝手も分かるようになってきた。
その女の子が、誰とも話さず黙々とやっているのを、
ただ人と話すのが好きじゃないからなのか
新入りで寂しい想いをしているのか分からず、
しばらく私は様子を伺っていた。
「これで、いいんですか」と人に聞いているのを見て、
私は新入りっぽいなぁ、と思い話しかけてみた。
どうも、自分が前に置かれていた状況にいる子を見ると、
助けたくなってしまうらしい。
今までにも新入りの子を見つけては話しかけ、
安心させ、いろいろ教えて、仲良くなろうと努めてきた。
一緒に上がって着替えていると、
その子がすごく近くに住んでいることが分かった。
帰り道もほぼ同じだ。
彼女は、熊本出身。お兄さんと一緒に住んでいるらしい。
大学は、私が中学まで附属校に通っていたところで、
お兄さんは私と同じ大学だった。
不思議な縁で、
今まで誰とも歩いたことのないくらい家の近くの地元を、
はじめて会ったその子と一緒に歩いた。
私はいつもバイトが終わると
どうせ自転車なので一緒に帰る人がいないと思い一目散に帰っていた。
今日の雨は、彼女との会話のためにあったのかな、とおもう。
2006年05月13日
tokyo bookmarkに喧嘩を売ってみる

根本的にこのtokyo bookmarkに反した考えなのだろうけど、、
その日に食べたもの、とかブログにアップしてって何になるんだろうとか思う。
あんまり皆見てないんじゃないか?あ、私も行きたい!食べたい!って思うのか。
文章で勝負したい人間としては、食べ物の写真で終わってるエントリーって終わってる、とか思う。
そこに素敵な言葉とかあればいいのだけど。写真と場所、名前だけ、とか。
そんなエントリーばっかり並んでると、さぞかしカロリー積み重なってるんだろうなとか思う。
まぁ文章のためにブログがあるわけじゃないけどね。
そして東京をそんなに素敵に取り上げなくても、と思う。
東京だって六本木や渋谷だけじゃなくて、夜景やカフェだけじゃなくて、日常の風景があるんだ。
そこで生まれて死んでいく、泥臭い人々の生活がある。そういうものを見ていきたい。
きらびやかなトーキョーじゃなくて、地に足のついた東京。
それが私の生まれた場所で、唯一の故郷なんだ。
2006年05月13日
触れ合うこと、伝えること
動物は苦手だった。
私の、小さい頃の写真がある。
小さい頃と言っても8歳くらいだ。
家族で行った小さな海外の島の写真で、
砂浜で放し飼いになっているウサギと一緒に映っている。
ウサギが、下を向いて砂を掘っているのを
8歳の私はしゃがんだ姿勢でじっと見守っている。
その写真を何年ぶりかに見て、私は悲しくなった。
私の手はウサギの背中を撫でているのだけれど、
砂を掘るウサギをどうしたらいいのか分からず、
半歩さがったところで自分も身動きが取れなくなっているのだ。
動物に接するとき、ニオイが嫌だったり、毛が付くのが嫌だったり、
はたまた噛まれたり引掻かれたりするのを恐れて
私は常におそるおそる手を伸ばしていて、
抱き上げたり頬擦りしたりなんてことは決してしたことがなかった。
夜、彼が帰ってきたとき、
見せたかった新しいワンピースについて何のコメントもなくて
私は拗ねていた。
そのせいで気づかなかったのだが、彼はひどく苛立っていたようだった。
腹が立つことがあった、とソファにひっくり返る彼を前に
私は手を伸ばしかけた。
彼の顎の先だけに指先が触れ、
そこでどうしていいか分からずまた引っ込めた。
「能力のない人と仕事をするとこうなるからな」
彼の台詞が自分にもあてはまる気がして、いたたまれなくなった。
私はどうしようもなくソファを放れ、
一人でコンビニのお惣菜に箸をつけた。
箸は、進まない。
さっき彼の顎に触れた指先が、あの島のウサギを思い出した。
ウサギだけじゃなく、Kのことも思い出した。
ママのことも思い出した。
Kは、中学のとき私のすごく大事なともだちだった。
Kが受験で迷っていたとき、彼女の親も先生も、
彼女の進みたい方向には反対した。
悔しいことをいっぱい言われた。
それで、無難な道の方を勧められた。
それなのに、彼女は無難な道、の方に弾かれた。
それが彼女に知らされた日だったと思う。
先生と話した後、私はKがどこに行ったのか心配になって探した。
Kは屋上にいた。
私は隣に座って、Kの手を取った。
Kはしばらくされるままに私に手を預けていたけど、
やがて少し強引に引っ込めた。
私は、自分にはKの気持ちは分からないのかもしれないと思って
どうにもならなくなり、ただただそこに居た。
どうして抱きしめてあげなかったのか、
強引にでも抱きしめて彼女を泣かせてあげなかったのか今でも後悔する。
Kはその後自分の行きたかった道の方を見事に叶えたが、
私はあの時Kの隣にいながら、より近い存在になってあげられなかったことで
彼女は一人で戦いぬいた、私はそこにはいなかったのだという気がした。
昨日、ママが私のPCのコードに引っかかってしりもちをついた。
転んだ瞬間彼女の中でもスローモーションになっただろうが、
私にもスローモーションに見えた。
びっくりした顔がいつの間にかゆがみ、
彼女は元から痛んでいた肩を抑えてうずくまった。
私は思わず後ろから抱きしめた。
うちの母親は何かと身体が弱いのか、
「あいたたたた」とおなかやら肩やら痛がっていることが多く、
そんなとき「もー、だいじょうぶ??」と言いながら
どうしてあげれば痛みが和らぐのかも分からず端から見ているしかない。
すぐに痛みがひくのも分かっているから、またやってるよーと笑いさえしながら。
自分のPCのコードに躓いた彼女を申し訳ない思いで
後ろからぎこちなく抱きしめながら、痛みが引くのを待っていた。
しかし私を見て「だいじょうぶ」と言うので
私は無言で離れて、PCを抱えて部屋に戻った。
どういう風に、心配すればいいのか分からない。
相手は嫌かもしれない。
どうしてあげるのが一番いいのか分からない。
相手の気持ちは自分にはわからないかもしれない。
そんなことを考えると、手は途中で止まってしまう。
少しおそるおそる、触れてしまう。
しり込みしたような姿勢になる。
本当は大事なのは、相手の気持ちよりも、
自分の気持ちを伝えることなのかもしれない。
拗ねて一人で箸を口に運ぶ私を見て、
彼は「ごめんね」と寄ってきた。
首を振りながら惣菜を見つめていると、
彼の息遣いが耳に入った。
怒りを、疲れを、感情を、押し殺しているような呼吸だった。
私はしばらく考えていた。
彼は苛立って腹が立って仕方が無いのに、
その張本人にはため息と不愉快な顔くらいしか出来ずに、
怒りのやり場に困っているんだろうと思った。
私もそういうことがある。
そういうとき彼は思いっきり抱きしめてくれる。
それで私はすこし落ち着く。
思いつくと、私は食事を途中で切り上げ、
彼をベッドに連れて行った。
彼はおとなしく従い、私たちは抱き合ったまま横になった。
しばらく、そうしていた。
彼はずっと黙っていた。
何度も抱きしめなおした。
「ありがと、やっとすこし、落ち着いた」
彼はようやく、何度も息を吐き出した。
私は、一層強く、彼を抱きしめた。
私の、小さい頃の写真がある。
小さい頃と言っても8歳くらいだ。
家族で行った小さな海外の島の写真で、
砂浜で放し飼いになっているウサギと一緒に映っている。
ウサギが、下を向いて砂を掘っているのを
8歳の私はしゃがんだ姿勢でじっと見守っている。
その写真を何年ぶりかに見て、私は悲しくなった。
私の手はウサギの背中を撫でているのだけれど、
砂を掘るウサギをどうしたらいいのか分からず、
半歩さがったところで自分も身動きが取れなくなっているのだ。
動物に接するとき、ニオイが嫌だったり、毛が付くのが嫌だったり、
はたまた噛まれたり引掻かれたりするのを恐れて
私は常におそるおそる手を伸ばしていて、
抱き上げたり頬擦りしたりなんてことは決してしたことがなかった。
夜、彼が帰ってきたとき、
見せたかった新しいワンピースについて何のコメントもなくて
私は拗ねていた。
そのせいで気づかなかったのだが、彼はひどく苛立っていたようだった。
腹が立つことがあった、とソファにひっくり返る彼を前に
私は手を伸ばしかけた。
彼の顎の先だけに指先が触れ、
そこでどうしていいか分からずまた引っ込めた。
「能力のない人と仕事をするとこうなるからな」
彼の台詞が自分にもあてはまる気がして、いたたまれなくなった。
私はどうしようもなくソファを放れ、
一人でコンビニのお惣菜に箸をつけた。
箸は、進まない。
さっき彼の顎に触れた指先が、あの島のウサギを思い出した。
ウサギだけじゃなく、Kのことも思い出した。
ママのことも思い出した。
Kは、中学のとき私のすごく大事なともだちだった。
Kが受験で迷っていたとき、彼女の親も先生も、
彼女の進みたい方向には反対した。
悔しいことをいっぱい言われた。
それで、無難な道の方を勧められた。
それなのに、彼女は無難な道、の方に弾かれた。
それが彼女に知らされた日だったと思う。
先生と話した後、私はKがどこに行ったのか心配になって探した。
Kは屋上にいた。
私は隣に座って、Kの手を取った。
Kはしばらくされるままに私に手を預けていたけど、
やがて少し強引に引っ込めた。
私は、自分にはKの気持ちは分からないのかもしれないと思って
どうにもならなくなり、ただただそこに居た。
どうして抱きしめてあげなかったのか、
強引にでも抱きしめて彼女を泣かせてあげなかったのか今でも後悔する。
Kはその後自分の行きたかった道の方を見事に叶えたが、
私はあの時Kの隣にいながら、より近い存在になってあげられなかったことで
彼女は一人で戦いぬいた、私はそこにはいなかったのだという気がした。
昨日、ママが私のPCのコードに引っかかってしりもちをついた。
転んだ瞬間彼女の中でもスローモーションになっただろうが、
私にもスローモーションに見えた。
びっくりした顔がいつの間にかゆがみ、
彼女は元から痛んでいた肩を抑えてうずくまった。
私は思わず後ろから抱きしめた。
うちの母親は何かと身体が弱いのか、
「あいたたたた」とおなかやら肩やら痛がっていることが多く、
そんなとき「もー、だいじょうぶ??」と言いながら
どうしてあげれば痛みが和らぐのかも分からず端から見ているしかない。
すぐに痛みがひくのも分かっているから、またやってるよーと笑いさえしながら。
自分のPCのコードに躓いた彼女を申し訳ない思いで
後ろからぎこちなく抱きしめながら、痛みが引くのを待っていた。
しかし私を見て「だいじょうぶ」と言うので
私は無言で離れて、PCを抱えて部屋に戻った。
どういう風に、心配すればいいのか分からない。
相手は嫌かもしれない。
どうしてあげるのが一番いいのか分からない。
相手の気持ちは自分にはわからないかもしれない。
そんなことを考えると、手は途中で止まってしまう。
少しおそるおそる、触れてしまう。
しり込みしたような姿勢になる。
本当は大事なのは、相手の気持ちよりも、
自分の気持ちを伝えることなのかもしれない。
拗ねて一人で箸を口に運ぶ私を見て、
彼は「ごめんね」と寄ってきた。
首を振りながら惣菜を見つめていると、
彼の息遣いが耳に入った。
怒りを、疲れを、感情を、押し殺しているような呼吸だった。
私はしばらく考えていた。
彼は苛立って腹が立って仕方が無いのに、
その張本人にはため息と不愉快な顔くらいしか出来ずに、
怒りのやり場に困っているんだろうと思った。
私もそういうことがある。
そういうとき彼は思いっきり抱きしめてくれる。
それで私はすこし落ち着く。
思いつくと、私は食事を途中で切り上げ、
彼をベッドに連れて行った。
彼はおとなしく従い、私たちは抱き合ったまま横になった。
しばらく、そうしていた。
彼はずっと黙っていた。
何度も抱きしめなおした。
「ありがと、やっとすこし、落ち着いた」
彼はようやく、何度も息を吐き出した。
私は、一層強く、彼を抱きしめた。
2006年05月12日
東京の女子高生は、皆援助交際をしている
と、思っていた。
と、地方出身の人に言われたりする。

「東京の女子高生」(しかも自宅が山手線内)だった私は、
はっきり言って渋谷なんてほとんど行ったことなかった。
新宿も銀座も怪しい。
家族で何か食べにいくとか、買いに行くとかはあっても、
友達と繰り出したりなんて皆無。
池袋が近いから、池袋は行っていたけれども、
大体池袋で用事は済むからこそ他の駅には進出しなかった。
こないだ地方出身の友人が
渋谷は、親と観光にきたことはあるけれど、
全国放送のTVの最後に映るスクランブル交差点のイメージで、
地方から開放されたかった彼はその「東京」に憧れを抱いていた、と言っていた。
そもそも「そっか、渋谷って観光に来る場所なのか!」とか思ってしまうけど
でももしかしたら彼が親と観光に来たぐらいの回数しか
私も渋谷に行っていなかったかもしれない。
大多数の「東京の女子高生」が見る渋谷は決して憧れでも身近な遊び場でもなく
そこにある、割とどうでもいい場所、なんじゃないだろうか。
原宿に実家がある元同級生は、竹下通りなんてほぼ行った事が無かった。
渋谷に住んでいた友人も、住んでいたときは渋谷で買い物なんかしなかった。
そういうもんなんです、東京で生まれ育った人間て。
ただし、やはりそこには中心部にいる余裕、というのはあると思う。
憧れなくて済む、ということ。
どうでもいい、と思っていられること。
周縁、だと思っている人は中心を意識するが、
中心の人はそもそも中心と周縁があるってことにすらこだわらない。
無自覚、無意識。
そこは大きな違いなんだろう。
と、地方出身の人に言われたりする。

「東京の女子高生」(しかも自宅が山手線内)だった私は、
はっきり言って渋谷なんてほとんど行ったことなかった。
新宿も銀座も怪しい。
家族で何か食べにいくとか、買いに行くとかはあっても、
友達と繰り出したりなんて皆無。
池袋が近いから、池袋は行っていたけれども、
大体池袋で用事は済むからこそ他の駅には進出しなかった。
こないだ地方出身の友人が
渋谷は、親と観光にきたことはあるけれど、
全国放送のTVの最後に映るスクランブル交差点のイメージで、
地方から開放されたかった彼はその「東京」に憧れを抱いていた、と言っていた。
そもそも「そっか、渋谷って観光に来る場所なのか!」とか思ってしまうけど
でももしかしたら彼が親と観光に来たぐらいの回数しか
私も渋谷に行っていなかったかもしれない。
大多数の「東京の女子高生」が見る渋谷は決して憧れでも身近な遊び場でもなく
そこにある、割とどうでもいい場所、なんじゃないだろうか。
原宿に実家がある元同級生は、竹下通りなんてほぼ行った事が無かった。
渋谷に住んでいた友人も、住んでいたときは渋谷で買い物なんかしなかった。
そういうもんなんです、東京で生まれ育った人間て。
ただし、やはりそこには中心部にいる余裕、というのはあると思う。
憧れなくて済む、ということ。
どうでもいい、と思っていられること。
周縁、だと思っている人は中心を意識するが、
中心の人はそもそも中心と周縁があるってことにすらこだわらない。
無自覚、無意識。
そこは大きな違いなんだろう。
2006年05月12日
検索ワード
銀座線、人身事故、青山一丁目。
という、検索ワードでの訪問が、
あの事故の日から絶えない。
実はあの日、山手線が止まった日でもあり、
私はあのエントリーを書いてから、
実はあれは人身事故だけじゃなくて
山手線の影響もあって渋谷で人がごった返してたのかも、
と思っていた。
でも、この記事によると、
あの事故だけでやはり乗客約5万5000人に影響が出ていたらしい。
1時間も止まってたんだ。
私は正直、人身事故なんて特に中央線なんかじゃしょっちゅうあって
(結構早く電車は運転再開する)
あの青山一丁目の事故も、ブログに書いたものの
書いた後は大して気に留めていなかった。
でも、その検索ワードによって自分のブログにたどりつく人がいるのを知って
はじめて自分で検索してみて、
その、自分が「誰か」と呼んでいたのが女性だったこと、やはり亡くなっていたことを知り、
変な話だが自分が書いたことが急に現実とつながりだしリアルになってしまった。
こう何日も経っても検索している人がいる、というのも考えてしまう。
どういう人が、探してるんだろう。
亡くなった女性の手がかりを、誰かが探しているかもしれない。
5万人の前を通り過ぎていってしまった一人の死は、
きっとその遺族や友人、同僚、・・・多くの人にすごく重いものをつきつけてる。
という、検索ワードでの訪問が、
あの事故の日から絶えない。
実はあの日、山手線が止まった日でもあり、
私はあのエントリーを書いてから、
実はあれは人身事故だけじゃなくて
山手線の影響もあって渋谷で人がごった返してたのかも、
と思っていた。
でも、この記事によると、
あの事故だけでやはり乗客約5万5000人に影響が出ていたらしい。
1時間も止まってたんだ。
私は正直、人身事故なんて特に中央線なんかじゃしょっちゅうあって
(結構早く電車は運転再開する)
あの青山一丁目の事故も、ブログに書いたものの
書いた後は大して気に留めていなかった。
でも、その検索ワードによって自分のブログにたどりつく人がいるのを知って
はじめて自分で検索してみて、
その、自分が「誰か」と呼んでいたのが女性だったこと、やはり亡くなっていたことを知り、
変な話だが自分が書いたことが急に現実とつながりだしリアルになってしまった。
こう何日も経っても検索している人がいる、というのも考えてしまう。
どういう人が、探してるんだろう。
亡くなった女性の手がかりを、誰かが探しているかもしれない。
5万人の前を通り過ぎていってしまった一人の死は、
きっとその遺族や友人、同僚、・・・多くの人にすごく重いものをつきつけてる。
2006年05月06日
愛、プライド、それから

なんだってあたしは、プライドの高い男ばっかり引っ掛けちゃうんだろう。
気の抜けたジンジャーエールを
DISARONNOの入ったグラスに一気に注ぎ込むと
氷が カラン、 と音をたてた。
俺は、そういう男だからさ。
一昨日知り合った新しい男の口癖は、
あまりにも昔別れた男の口調そのままで聞くたびに可笑しくなってしまう。
突然街角ではじまった恋は、
・・・はじまったのは彼の恋であってあたしの恋では決してなかったけど、
あたしの挑発で1日目にしてテンションがマックスに達してた。
どっちが火傷することになるかな。
本気にならない方がいいよ?
そういう言葉が一層彼を燃え立たせるのを知りながら
警告を与え続けることであたしは自分の罪を回避した。
「俺「の」彼女」とか言う奴は、間違ってる。
愛は所有できるものじゃない。
だから俺はあなたを愛してるとは言ったけど束縛したくはないんだ。
自由でいてほしい。それも含めて愛してるんだ。
高校のとき付き合ってた先輩に、
「俺のもの、誰にも渡さない」と言われてたまらなく嬉しかったなぁなんて思いながら、
わざわざ愛の定義を叫ばないといけないこの人に、
あたしが束縛されるなんてことは絶対にないだろうと思った。
ひたすら アイシテル、 という言葉が浮かび上がってくるメールを横目で見ながら、
あたしは言ってみたい。
恋は告白するものではなく口説くもの
愛は叫ぶものではなく育むもの
プライドは見せるものではなく守るもの
自分は定義するものではなく発見されるもの
・・・だと思うんだけど、あたしたちうまくやっていけそうかしら?
そう言ったら彼はなんて返してくるだろう。
この2日でもう自分を全て曝け出してしまった、俺はいま丸裸だ。
自分が質問攻めにされていて、
あたしが一切自分のことを話してないことを彼は終盤になってはじめて気づいた。
あたしは一言もその話にノルなんて言ってない。
俺は本気だ。
大火傷してもいい、それはあなたの罪ではない。
怖がってるのは君のほうじゃないか?
そうかもしれないね。
でも、罪にならないのなら恐れる必要はなし!
アマレットジンジャーの氷越しに、何人もの過ぎた恋が浮かぶ。
自分という定義、愛してるっていう言葉、ちらつかせるプライド、
そんなものが全て莫迦莫迦しくってしょうがない。
"as long as you feel happy"?
まぁ、恋愛は、相手の幸せを願うフリして自分の幸せを追い求める行為だから
あたしは君が君の幸福を求める権利を奪おうとは思わないし、
本気になればなるほど失敗するものだとも思うけど
自信があるなら好きにすればいい。
その代わり、あなたを宙吊りにしておくことは罪にならないらしいから
あたしは「自由に」振舞うし、自分の幸せにつながらないと思えば
いつでも簡単に切り落とすからそのつもりでね。
賞味期限、間近。
もうこの恋も終わりかな、と思う。
・・・本当は!
もっと!愛して欲しいのに。
火傷させてよ。
壊してしまってほしい。
役不足?
結局皆そうでしょ。
もう一度全てが覆るような、恋を。
幸せなんて吹き飛んでしまう、愛を。
・・・求めてるのに!
2006年05月06日
帰京

GWから、現実に戻る。
私にとって、「帰る」ところはいつも東京だ。
他に帰るべきところなんてないんだもの。
帰るべき、ところ。
列車の中で、自由と束縛について考えていた。
自由は、束縛があってはじめて成り立つ。
だから、ひとは自らを縛りにいくのではないか。
そんなこと。
2006年05月01日
春、夜、恋
春の夜の空気。
すこし、夏の予感が混ざる。
恋を終えて、ボロボロになって、
お酒に夜に街に酔ってしまいたくなるような空気。
最近、落ち着きすぎてる。
恋をしては振られて、振られては恋をしていたあの頃に比べて。
今だって、男遊びはほどほどにはするの。
男遊び、ってほどのもんじゃない。
ふたりで出かけるだけ。
彼は知ってるの。
行ってらっしゃい、って言う。
でも、相手のひとはそれを知らない。
彼の存在を知らない。
それか、私が彼に内緒で出かけてきてるとおもってる。
それが、私たちのちょっとした遊び。
別に人の気持ちを弄んでるってほどじゃない。
だって相手にしてみたって、大して本気じゃないんだもの。
こういう風に出かける女の子、何人いるの?
なんてことは聞かない。
だって私だけだろうが、10人いようが、どっちでも構わないし
謎は多い方が面白い。
そういう微妙な距離感。
2006年04月30日
トーキョーホテルバイト
風邪気味だったのにバイト9時間。
この先私は一体どうやって時間を使っていくのか。
人はなぜ働くのか。
そんな疑問が消えていってしまうような、
当たり前な労働と時間の流れ。
一見どれも同じように見える
少し重々しい扉を開ければ、
各々で煌びやかなパーティが進行している。
バーチャル、バーチャル。
バーチャルな日常。
取り込まれていく時間。
取り込まれていく、自分。
2006年04月25日
銀座線と人身事故

雨が降りだした。
地下鉄の中はむっとした湿気に覆われていた。
人と人の間に腰を沈め、読みかけの英語の論文を取り出しぼんやりと見つめていた。
青山一丁目、人身事故・・・ 銀座線折り返し運転をしております
運転再開までもうしばらくかかります…
アナウンスに気づいたのは、乗り換える赤坂見附に着く少し前からだった。
もっと早くから人身事後のアナウンスは流れていた気がする。
関係ないと思ってきいていなかった。
もっと早く降りた方が良かったかもしれない。
車内アナウンスは、親切に、
渋谷方面のお客様は半蔵門線をお使いください
降りてすぐの階段からホームがつながっております
と告げていた。
赤坂見附で降りると、足早な人の流れが一気に永田町の半蔵門線ホームに向かっていた。
周りの人と同じように足早に、ドアが閉まり動く気配のない銀座線を横目に
半蔵門線へ向かいながら、人身事故のことを考えた。
誰かが、・・・死んだのかな。
ホームに着いた途端渋谷方面に発進した列車は、人がぎゅうぎゅうに押し込められていた。
あの湿気を思うとちょっとげんなりしながら、
既に次の列車が来るのを待つ人が並び始めた列についた。
来た車両はエアコンが効いていた。
乗客も前の列車ほど多くなかった。
ひんやりとした空気の中、問題の青山一丁目で停車した。
前後の赤坂見附と表参道は、
銀座線は… ただいま青山一丁目で…
ドアが閉まります!かけこまないでください!
という駅員さんの声であふれていた。
なのに、事故のあった青山一丁目だけ、異様に静かだった。
渋谷では電車を待つ人が一つの扉に30人ほど待ち構えていて、
私たちが降りるとまた歩けないくらいの量の人が階段から降りてきていて、
その流れは4回階段をあがった駅の出口まで途切れることはなかった。
私はまた事故のことを考えた。
死んだかもしれないし、死ななかったかもしれない。
かなりの可能性で、自殺(または自殺未遂)だ。
その誰かさんが、これだけの人の流れをつくってる。
そんなことお構いないしに、渋谷の街では
百貨店のお姉さんは相変わらず新しいお菓子を宣伝していたし
bread papaは相変わらずこんでいたし
相変わらず私はテッシュを勧められたし
相変わらず誰かがアンケートに引っかかっていた。

